【豊臣兄弟】母(なか)のモデル史実を解説!大政所を人質に秀吉と秀長が決裂?!

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【豊臣兄弟】なか(坂井真紀)のモデル史実を解説!母の人質に秀吉と秀長が決裂?!
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大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」。

泥にまみれながらも息子たちを叱咤激励する母・なか(坂井真紀)の姿は、戦国という乱世を生き抜く「豊臣兄弟!」の原点を象徴していました。

泥まみれになりながら懸命に息子二人を育ててきたなかさんの苦労を思うと、単なる天下人の母という言葉では片付けられない凄みを感じます。

史実における母・なかの人生は、ドラマで描かれているような「長屋の肝っ玉母さん」に留まるものではありません。

後に大政所(おおまんどころ)となる彼女は、天下統一の行方を左右する「命懸けの重大ミッションを背負うことになります。

今回は、母・なかのモデル大政所の驚きの史実と、徳川家康との対峙について徹底解説します。

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目次

母・なかのモデル大政所は秀長よりも長生きする!

ドラマで「なか」として登場している人物は、のちに「大政所(おおまんどころ)」と呼ばれる、歴史上非常に重要な女性です。

史実でのなかは、文禄元年(1592年)に80歳という当時としては驚異的な長寿で亡くなっています。

  • なかの没年: 文禄元年(1592年)
  • 享年: 80歳(当時としては驚異的な長寿!)

実は、主人公の秀長よりも1年長く生きるのです。

つまり、ドラマの最終盤まで秀吉・秀長兄弟を精神的に支える最強の母として君臨し続けます。

「大政所」とは、のちに朝廷から贈られた「なか」の尊称です。

なかは実の母!姉と妹もいる4人兄弟!

史実でも、なかは秀吉と秀長の母親です。

秀吉と秀長は異父兄弟(※諸説あり)で、長女と妹がいます。

当時の記録は多くありませんが、天下人となった秀吉が、最も愛し、恐れた最強の母親であり、生涯大切に扱ったことで知られています。
個人的に一番好きなエピソードです!

貧しさを知る庶民の母

ドラマのなかは、泥にまみれて働き、息子たちの無茶を叱るリアルな母親像として描かれています。

史実においても、なかは尾張の農民の出身

のちに豪華絢爛な大阪城で暮らすようになっても、その庶民的な感覚を失わなかったと言われています。

驚愕の史実!母のなかは70歳を超えて家康の人質に!?

ドラマ後半、天下統一を目指す秀吉にとって最大の壁となるのが徳川家康です。

なかなか降伏しない家康を上洛させるため、秀吉はとんでもない策を打ち出します。

それが、自分の実の母(なか)を、人質として徳川に送るというものでした。

秀長の猛反対

母を敵地に送るな!

このとき、温厚で知られる秀長は秀吉を激しく叱責したという記録があります。

秀長は生涯、秀吉の補佐役として豊臣家の調和を第一に考えた人です。

でも、その秀長が、唯一兄に激しく逆らったのがこの人質事件だと言われています。

泥まみれの頃から自分たちを守ってくれた母を、道具にするな!

老いた母親を敵地へ送るなど、武士の恥だ!

母を犠牲にするくらいなら天下などいらぬ!

この秀長の悲痛な叫びに、母への思いが詰まっています。

後に訪れる「母を道具にする兄」と「母を守りたい弟」の決裂がどう描かれるのか楽しみですね。

周囲はワラを積んで火をつける準備をしていた?

なか(大政所)が徳川の岡崎城に到着した際、家康の家臣・本多重次は、彼女の住まいの周りに大量のワラを積み上げました。

「もし家康様に何かあれば、すぐにこのワラに火をつけて大政所を焼き殺す」という無言の脅しです。

なかさんは、そんな極限の緊張感の中でも、天下人の母としての誇りを失わなかったと言われています。

家康もその覚悟に打たれた

一方で、家康自身はなかさんを非常に丁重にもてなしたと言われています。

なかさんの命を懸けた行動があったからこそ、家康は秀吉への臣従を決意し、日本から大きな戦がなくなったのです。

なかさんは、まさに天下統一の隠れた功労者ですね!

史実から見る「なか」のデータ

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項目史実・ドラマでの描かれ方
家族構成秀吉と秀長は異父兄弟(※諸説あり)。
なかには姉:日秀尼(にっしゅうに・とも)と妹:朝日姫(あさひひめ)もいた。
最強の母天下人となった秀吉が、生涯で最も愛し、かつ唯一頭の上がらなかった存在。
庶民の感覚農民出身で、大阪城で暮らすようになっても贅沢に溺れない庶民派を貫いた。

ドラマで見せる「泥まみれの母親像」は、のちに天下人の母になっても変わらない、彼女の本質を表しているのですね。

まとめ

豊臣兄弟!の物語は、この母の愛と覚悟があってこそ完結します。

  • なかのモデル: 秀吉・秀長の母、大政所(おおまんどころ)
  • 驚きの寿命: 80歳まで生き、秀長の最期も見届ける。
  • 最大の山場: 徳川家康のもとへ人質として乗り込む命がけの外交。

歴史が動く瞬間、その中心にはいつもこの最強の母がいたことを、今後の放送でも目に焼き付けたいですね。

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