ミラノ五輪フィギュアスケートのペアで、日本勢初の金メダルという歴史的快挙を成し遂げたりくりゅうこと三浦璃来選手・木原龍一選手ペア。
かつては「日本人はペアに向かない」「シングルは強いのにペアは勝てない」と言われ続け、世界との壁に苦しんできたこの種目で、なぜ彼らが急激に強くなり、世界の頂点に立てたのでしょうか?
その裏側には、これまでの日本のフィギュア界では考えられなかったある大きな決断がありました。
日本のシングルは最強!なぜペアは弱かったのか?
“ 巡り会えたのは奇跡 ”#MilanoCortina2026
— TEAM JAPAN (@TeamJapan) February 16, 2026
フィギュアスケート ペア
三浦璃来 選手/木原龍一 選手#TEAMJAPAN #ともに一歩踏み出す勇気を pic.twitter.com/lqm54m84nu
日本はシングル(個人戦)では常にメダル争いをする強豪国ですが、ペアにおいては長年不遇の時代が続いていました。
なぜ、シングルでこれほどの結果を出せる日本が、ペアでは勝てなかったのか。
その理由は、単に最高のパートナー(相性)に出会えるかどうかだけではなく、環境面や構造的な課題など、いくつもの複雑な要因が絡み合っていたからでした。
かつては弱小と呼ばれた日本のペア競技
- 注目度の低さ:メディアの注目はシングルに偏り、ペアを志す選手自体が極めて少なかった現実があります。
- 実績の不在:世界選手権や五輪で上位に食い込むことは難しく、日本代表としての枠を確保することすら困難な時期もありました。

私自身、りくりゅうペアが活躍するようになって初めて、ペア競技の奥深さや楽しさに気づかされた一人です。
24時間ペア中心になれない日本のリンク事情
日本のリンクはシングルの選手で溢れかえっています。
- 物理的な危険:ペアの練習(スローやツイスト)は広いスペースを必要とするため、混雑したリンクでは練習自体が危険で制限されてしまいます。
- 練習時間は深夜や早朝:かつては一般営業後や、シングルの合間のわずかな時間しか練習できないのが日本のペアの日常でした。
ペア専門の指導者が国内にいない
日本を代表する名コーチたちの多くはシングル出身です。
- 技術の特殊性:リフトやスローといったペア特有の技術を、基礎から世界レベルまで引き上げられる専門の指導者が日本国内にはほとんど存在しませんでした。



ペアはお互いの相性以外にも、そもそもコーチや環境が整っていない日本では厳しんですね。
世界一になれた理由は奇跡の出会いとカナダにあり?!
才能があったからという一言では片付けられない、りくりゅうが世界一になれた理由があります。
それは、二人の出会いと練習拠点をカナダに移したことではないでしょうか。
奇跡のペアとの出会い
ペア競技において、技術以上に重要で、かつ最も手に入れるのが難しいもの。
それは最高のパートナーとの出会いです。
今回の金メダルを受けて、二人は互いへの想いをこう語っています。
- 三浦璃来選手:「龍一くんと巡り会えたのは、本当に奇跡だと思っています」
- 木原龍一選手:「怪我もあって、一度はスケートを辞めようと思っていた。そんな時に声をかけてくれた璃来ちゃんには、感謝しかありません」



この言葉の重みは、彼らが歩んできた不遇の時代を知るとより一層深く感じられます。
なぜ奇跡なのか?ペア結成の裏側
実は木原選手は、三浦選手と出会う前に2度のパートナー解消を経験し、度重なる怪我にも苦しんでいました。
精神的にも限界を迎え、もう引退するしかないと覚悟をしていたのです。
そんな絶望の淵にいた彼に、当時まだ10代だった三浦選手が一緒に滑ってみませんか?と手を差し伸べたことが、すべての始まりでした。
改めて感じるペア競技の難しさと尊さ
フィギュアスケートのペアは、ただ技術が優れているだけでは成立しません。
- 体格のバランス(身長差や体重)
- スケーティングの癖やスピードの同調(ユニゾン)
- 何よりこの人のためにと思える絶対的な信頼関係
これら全てが揃う確率は、まさに奇跡と呼ぶにふさわしいものです。
日本では環境が整っていないからこそ、この巡り合わせがなければ、私たちはこの歴史的な金メダルを目にすることはできなかったと思うと、より感動しますね!
練習拠点をカナダへと決断
相性のよいペアに出会えても、前述した通り、日本では思うようにペア練習ができません。
このままでは一生勝てない、そう確信した二人は、結成後すぐに拠点をカナダのオークビルへ移しました。
- 24時間ペア中心の生活:カナダではペア専用のリンクと、世界トップクラスのブルーノ・マルコットコーチによるペアのための指導を24時間受けられる環境が整っていました。
- 三浦選手の覚悟:木原選手が引退を考えていた際、三浦選手が放った私を信じて投げてという一言が、このカナダ移籍と金メダルへの第一歩となりました。



もちろんカナダに行くには、金銭的な大きな問題も発生します。
まとめ
りくりゅうが金メダルを獲れたのは、単に才能があったからではありません。
日本での慣れ親しんだ環境を捨て、本場のカナダに飛び込んだこと
この覚悟こそが、日本のペア競技に革命を起こした最大の理由です。
羽生結弦選手もそうでしたが、日本のフィギュア強国としてのプライドと、海外の最先端の環境が掛け合わさり、環境を180度変えることで、才能を開花させるという道もあることを教えてくれました!
りくりゅうが金メダルと一緒に手にしていたぬいぐるみはオリンピックのマスコット!日本からでも買えます!






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